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好きな音楽や本について好きなように語ります。たまに街歩き日記なんかも。

椎名林檎×小林賢太郎【SWITCHインタビュー 達人達】

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2019/11/30にEテレで放送された

椎名林檎×小林賢太郎【SWITCHインタビュー達人達】

 椎名林檎ファンとしては見逃せない回。

 

 音楽をやっていた身としても、心に突き刺さる話ばかりだったのでまとめてみました。

対談場所が粋すぎる

楽家/椎名林檎と劇作家.パフォーマー/小林賢太郎の対談。

椎名林檎の楽曲「茎(STEM)~大名遊ビ編~」のMVともなっている短編映像に出演されている小林賢太郎さん。

椎名林檎の世界観にもマッチしますよね~。

こんな独創的な2人が対談した場所が粋すぎます。

その場所がベーゼンドルファー・ジャパンのショールーム

ベーゼンドルファー・ジャパンというのはピアノのブランドです。

椎名林檎さんが、このピアノがお好きとのこと。

 

真っ黒なスーツに、細い銀縁の丸メガネで知的な印象の小林さん。

ショールームに小林さんが足を運ぶと、ピアノを弾きながら時を過ごしている林檎さん。

黒のパンツスーツに、クラシカルな印象のボブスタイル。

(この時履いてた、緑のパンプスがすっごく素敵だったな~)

 

室内に入ろうとする小林さんを、思わずプロデューサーが制して、暫く演奏に聴きいってたそうです。笑

SWITCHインタビュー

前半はショールームで、小林さんが林檎さんにインタビュー。

後半は舞台もSWITCH。

小林さんの「本」展が行われた東京品川区のイベントスペースにて、前半とは違いラフなファッション。

 
小林さんの作品を見て回る中、ハナウサギを朗読する場面はすごく可愛かった。

「やめよう、漫画は声に出すもんじゃない」と照れる小林さんがなおのこと可愛い。。。

 

今回は、主に前半の林檎さんのインタビューに焦点を絞ってまとめています。


生きざまを見せない。芸としてみせる

歌詞を書く時に悩んだという林檎さん。

天才的な彼女だけど、やはり生み出す行為に苦しさはつきものなんだな、と思いました。

 

 以下、TV放送内のインタビューを一部抜粋。

小林「(作曲や作詞は)楽しそう」
椎名もともと言葉は決まっているという認識。曲の意思に逆らわないように作りたい。」

「曲はいくらでも作りたい。歌詞は作れない時があっても、音楽はない。

それぞれにそれなり(の感情)のものが生まれる。」

「アーティストの生き方を曲に乗せる。

そのときお客さんが期待してるものを超えるものでなければいけない。

こちらの生活や暮らしとか気分とか一切知られてはいけない。

それが「芸」だと。」

 

 積み上げた「スキル」を発揮する場であるものの、あくまでも「芸」としてお客さんに魅せると語った林檎さん。

プロですね。

 林檎さん、お子さんは18歳になるんですって。

家事もこなす中アーティストとして創造し、舞台で魅せる。

そんな彼女のルーツについても語っていました。

 

J-POPで生きる

小林「どの段階でこれ(椎名林檎として生きる道)にしようという風に選んだのか」

椎名「デビュー直前ですね。福岡で育ったことが大きいでしょうけど。

まわりで、おやつっぽいカルチャーが盛んで。そこで刺激されたっていうか。笑」
小林「おやつカルチャー?笑」

椎名「ラーメンもほら、一杯だとおやつで、替え玉したらごはんみたいな。」

小林「ちょっとそれ分かんないけど笑」

椎名「博多の人はそうですね笑」

小林「まあでも確かに、クラシックとかに比べるとポップスは身近なような。」

椎名「そう、身近な街っていう。日本のリバプールと自ら言っちゃってます。」

 4歳からピアノを習っていた林檎さん。

本来は、返事をしたり、声を出す、ということが苦手だったとか。

芸術系を目指そうと思っていたところ、お父さんの転勤で博多に移り、芸術系の学校の進学は諦めたそう。

しかし、進んだ学校で軽音部に誘われ、今の道に進む転機となったんです。

同じ福岡県民として、音楽カルチャーを牽引した林檎さんは誇らしすぎます。

 

椎名林檎を装着

林檎さんは、椎名林檎という人格を装着して芸を演じると語られていました。

小林「自分の過去の作品って愛せますか?」

椎名「いやー、もう恥ずかしくて。前提から何からもう無理。」
小林「作り手と歌い手の境界線ってありますか?」

椎名「歌を歌うリハーサルを全然しなくて。そこまでの確認とか実践っていうのは積むんですよね。でも、いっつもぶっつけ本番で。リハーサルが苦痛で。」

小林「リハーサルが苦痛なのか、やること自体が?」

椎名「やること自体が。プレー自体が。」

小林「え、プレー自体が?!もう、めちゃめちゃ輝いてますよ舞台の上で。じゃあ、私を見てって感じじゃない?」

椎名「そういう風にやった方がいいと思うんだけど。客観的には、ステージに立ってるものは。」

小林「自分という体をキャスティングしたプロデューサーが、体に対してこうしなさいと言ってる感じ?」

椎名「そう、言ってる感じ。」

小林「そう、僕もそういう感じ。」

 ああ、生粋の職人なんだなって思いました。

舞台に立つことが快感とかじゃないんだと。

この話から、次に続く林檎さんのやりがいには心を打たれました。

 

何のために演るのか

椎名「コンサートの感想を拝見していて「これのためにやってきたんだー」と感極まる時がある。

その感想は、

「お母さんのことを思い出した」

「早く家に帰って子どもを抱きしめよう。

「お留守番してくれた旦那に感謝」

 確かに、林檎さんの曲を聴いていると、誰かを思い出す瞬間が多いな、って改めて思います。

そして、小林さんがこういった時のことを

オーディエンスのパーソナルに入った瞬間

と表現されていました。

 

小林「ご自身の活動は、世のため人のためっていう感覚はある?」

椎名「大人になって、いっちょまえになって生きていくってことは、世のため人のためになることをして、それでお金を頂いて食ってくってことでしょう。まあ、強く突きつけられること、例えば震災の時とか。何度かありましたけど。

答えは出ないですね。そうしたいから、それこそ、さっきのお客さんの、お客さんが「子どもに会いたくなった」「お母さんに会いたくなった」ってのが私の中の成功。それはやっぱそこを意識してるから。」

小林「それが世のため人のためになったって思う?」

椎名「なったんじゃないかっていうか、自分の目的が果たせた。」

小林「ご自身に届くものってのはすごく少ないと思いますけど、なってますよ。」

椎名「世のため人のためになるかっていう自問自答はやめたの。やめたんだけど、自分が泣くほど嬉しいことってなんだろって思ったらそれだし。あと、「ああ気持ちよかった」って言われることが嬉しいんだなって。」

 

 林檎さん、あなたの音楽にたくさんの人が救われています。

わたしも、その中のひとりです。

 

いまや、いつでも聴くことができる音楽。

そこに込められた思いを知ると、また違った聴き方、受け取り方ができます。

 

尽きることない音楽への情熱を秘めている林檎さん、やっぱり憧れだ。

これからも、たくさんの音を待っています。